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実録 モラ夫との地獄のような結婚生活と離婚成立までの壮絶な道のりVol. 2

関西シンママです。最近やっと娘の保育園が決まり、ほっと一息ついています。

さて、先週のモラ夫との出会い編に続き、今週からは交際期間中のドン引きエピソードについてお話しします。

 

 

SNSストーカー事件

モラ夫と交際を始めてから1ヶ月後、私は元々予定していた親友との旅行に行きました。

旅行先はタイで、お目当てはパンガン島で開催される世界3大レイブの一つ、フルムーンパーティ(どこまでもパリピ。笑)

 

出典:freepik.com

 

マメな性格の私は、会場に入ってすぐにモラ夫にきちんと連絡。これから連絡がつかなくなる旨を伝えた後、女二人でタイ名物のバケツ酒を浴びるほど飲み、泥酔。笑

 

※実際の写真です。笑

 

フルムーンパーティには世界各国からパーティ好きが大集合するので、色々な国籍の方と仲良くなり、楽しい時間を過ごしました。

その中で、会場近くに宿泊していたある外国人男性と親しくなり、ビーチで一緒に朝を迎えることに

 

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しかし、私が異国の地で羽目を外していた頃、京都では予想だにしないことが起こっていたのです。

 

交際相手とはLINE以外のSNSでは繋がりたくないタイプの私は、モラ夫にはインスタのIDを教えていませんでした。

それにも拘らず、モラ夫は私が旅行先滞在中にあげたストーリーの全てに足あとをつけていたのです。

 

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私は無意識に親しくなった外国人男性との写真も上げていたようで、それも当然見られていた上に、スクショまでされていました(記憶にないけどこれはどう考えても自分が悪い。笑)

 

しかも、そのことに気づいたのは親友と船でホテルまで戻り、シャワーをした後。時間にするとお昼前後で、パーティが終わってから5時間は経過していました。完全に詰みました。笑

 

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アカウントを探り当て、ストーリーを見たのに敢えて何も言ってこないモラ夫。明らかに私の反応待ちでした。

めんどくさいなーと思いつつ電話をかけ、何故アカウントを探ったのか問い詰める私。

するとヘラヘラしながら出たモラ夫からの一言。

勝手にフィードに出てきただけ。

インスタ上で共通の友達もいないのに、そんなわけありません。モラ夫はこの時も然り、その後も平気で嘘をつきます

 

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別に見るつもりじゃなかったけど、えらい楽しそうやったな。よかったやん。

すっっっごい嫌味なんですこれ。関西圏ではない方にはなかなか伝わらないかもしれませんが、、、

モラ夫は俗に言うTHE京都!という性格なので、何か少しでも自分の気に食わないことがあれば、こういう嫌〜な言い回しを常にしてきます。

 

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“彼氏がいるのに他の男と一緒に写真撮るな”とかならまだ許せました。私にも非があるので。

でも、この悪びれもせず嫌味を吐かれたことで完全に気分を害した私は、旅行期間中は一切の連絡を断ちました

 

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帰国してからすぐに“やっぱり好きになれないし、今回の件で更に無理になった。別れたい。”と伝えると、涙ながらに謝って縋ってきたモラ夫。

 

今思い出せば、交際期間1年間と結婚生活の7ヶ月を合わせても、彼が私に対して謝ったのはこの時が最初で最後です。

今後こんなことは比べ物にならないほどひどい言動を繰り返すようになるのに。




異常な嫉妬深さ

私には3歳差の仲がいい弟がいるのですが、少し離れて住んでいるため、久しぶりに会うといつも話が弾みます。

 

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たまたまモラ夫と3人で出かけた際に弟と少し話をしていると、どうも気に入らない様子のモラ夫。

初めはいつものように

えらい仲ええな〜

周りから見たら二人(私と弟)がカップルみたいやな〜

とお得意の嫌味を大連発

 

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いい加減黙ってほしくて“久しぶりに弟と会ったからちょっと話させて”と伝えたところ

何で俺がおるのに弟とばっかり話してんねん!俺とも話せや!!

とマジギレ。しかも弟の目の前で

 

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言っていることの意味がわからず時が止まりました。

 

当時私の家に転がり込んできていたモラ夫は、毎日私と顔を合わせていたにも拘らず、私の実弟に本気で嫉妬していたのです。

これには私も弟も心の底からドン引き。

 

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弟は、私の交際相手には必ず懐き、仲良くしようとしてくれます。そして今までにお付き合いをしてきた方も全員弟を可愛がってくれました。私抜きで二人で遊びに行くほど仲良くなり、本当の兄弟のようなブロマンスが微笑ましかったりもしました。

 

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なのに、そんな弟が初めて“姉貴ごめん、俺あいつ(モラ夫)嫌いやわ。全然姉貴のこと大切にしてないから仲良くしたいと思われへん。”と言いました。

 

弟は、モラ夫が私のことを完全に自分の所有物であり、都合よく操れる操り人形だと思っていたことを見抜いていたのです。

 

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行動を制限してくるモラ夫

交際を始めてからと言うものの、私への執着心が凄まじく、常に私の行動を制限するようなことばかり口にしていたモラ夫。

 

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大失恋を経て関西に戻ってきた私は、傷心を癒しつつ、いろんな世界を見てみたい!と、タイ旅行の後に大好きなLAでリゾバを予定していました。

もちろんそのことはモラ夫と交際する前から伝えていました。私は夏から3ヶ月ほどLAに行く、と。

 

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最初は快く送り出す、と言っていたモラ夫ですが、その日が近づくごとに

付き合ってるのに3ヶ月も会われへんとか意味がわからへん

と、顔を合わせるたびに文句を言うように。

 

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“たった3ヶ月やし、会いたいなら会いに来ればいいやん”と伝えると

どうせタイの時みたいに他の男作るんやろ

会ってない間に何してるかわからんし信用ないわ

タイでされたこと俺は忘れへんからな

と、それはもうネチネチと嫌味の嵐。別に浮気をしたわけでもないのに執拗に嫌味を言われました。

 

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さすがに限界を迎えた私はLA行きを断念

ここでさっさと別れておけばよかったのに、何故そうしなかったのか自分でも理解できません。

 

当時はただひたすらモラ夫に嫌味を言われるのがストレスでたまらなかったので、下手にモラ夫の機嫌を損ねないように黙って言うことを聞くようになっていました。まるで洗脳されていたように。

 

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今思えば交際当時から私はこうやって自らの手でモラ夫のモラハラレベルを上げて行っていたのだと思います。

 

モラ夫と付き合うという誤った選択をしてしまってからというものの、私は完全に人生を棒に振りました。文字通りの転落人生です。

かなり苦労はしたものの、何とか無事に離婚できたので、今後時間をかけて自分の人生を取り戻していくつもりではありますが。

 

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交際期間の話が続きますが、来週は、モラ夫と同じぐらい頭のおかしい義両親も初登場の予定。

私の誕生日に起こったドン引きエピソードなどをお話しします。





 

【Profile】 ごく普通のシンママ
90年代生まれのアラサー。関西在住。2019年に愛娘を出産。美容と音楽と旅行が大好きな元パリピ。趣味は娘の服やおもちゃを個人輸入すること。
地獄より過酷な結婚生活から7ヶ月で脱獄し、調停離婚。離婚成立した現在も不毛な恋愛経験を更新中。笑

 

 

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